疑義照会に迷う事例【CYPの阻害率(IR)】Vol.1

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CYPの阻害率は異なる

日経DIオンラインの記事から

ソクラテス先生のオンライン記事で、”CYP阻害薬の“強さ”はどうやって決まる?”という特集がされていました(2016/06/10)。

その中で、「医薬品開発と適正な情報提供のための薬物相互作用ガイドライン(最終案)を参考にして、CYPのin vivo阻害薬の例を示した表が示されています(表1)表1 CYPのin vivo阻害薬の例

これらの薬剤のうち、今回は実際にあった事例を参考に、CYP2D6阻害薬に焦点をあててお話していきたいと思います。

症例概要

閉経後ホルモン受容体陽性乳がんの術後内分泌療法薬として、「アナストロゾール(アロマターゼ阻害薬)」が処方されていた患者

月経再開に伴い「タモキシフェン(抗エストロゲン薬)」へ変更となりました。

併用薬として、他病院よりレクサプロ(一般名:エスシタロプラム)が処方されており、表1を確認するとCYP2D6の ”中程度の阻害薬” に該当しています。

タモキシフェンは添付文書上、「主として肝代謝酵素CYP3A4及びCYP2D6により代謝される」とされており、CYP2D6阻害薬とタモキシフェンとの相互作用が懸念された症例です。

どうでしょう?あなたなら疑義照会をしますか?

 ここでは順を追って、頭の中でどう考えて、どう行動するのか?について解説していきたいと思います。

ホルモン受容体陽性乳がんの術後内分泌療法

ホルモン受容体陽性乳がんの術後内分泌療法では、閉経前、閉経後で使用する薬剤が異なってきます。

閉経前は、卵巣でエストロゲンがつくられるため、乳がん細胞内のエストロゲン受容体とエストロゲンが結びつくのを邪魔しながら、自身がエストロゲン受容体にくっつくことでがん細胞の増殖を抑える【抗エストロゲン薬(タモキシフェン、トレミフェン)】が用いられます。

閉経後は、卵巣の機能が低下するため卵巣ではエストロゲンがつくられなくなります。代わりに、副腎皮質や卵巣から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)からエストロゲンがつくられるようになります。この過程を阻害する目的で【アロマターゼ阻害薬(アナストロゾール、レトロゾール、エキセメスタン)】が用いられます。

タモキシフェンはどれくらいCYP2D6阻害薬の影響を受けるのか?

インタビューフォームの記載では

CYP2D6 阻害作用により本剤の活性代謝物の血漿中濃度が低下したとの報告がある。

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となっており、阻害薬との併用で効果が減弱する可能性が危惧されています。

タモキシフェンと単剤SSRIで治療を受けた女性の死亡リスクを検証したコホート研究では、強いCYP2D6阻害薬のパロキセチンとの併用で死亡リスクの上昇¹⁾が認められています。但し、他の抗うつ薬(フルオキセチン、セルトラリン、フルボキサミン、シタロプラム、ベンラファキシン)では死亡リスクの増加は認められていません。

実際にタモキシフェンとパロキセチンを同時に投与した場合の、代謝物の血漿中濃度を見たものがありますが、代謝物である4-ヒドロキシ-N-デスメチル-タモキシフェン(エンドキシフェン)の血漿中濃度は、パロキセチン併用前の平均12.4ng/mLから、併用後は5.5ng/mLへと統計学的に有意に減少した(差=6.9ng/mL、95%信頼区間[CI]=2.7~11.2ng/mL)(P=.004)とされています²⁾。

血漿中濃度への影響は大きく、実際の臨床経過においても死亡リスクの増加という形での悪いイベントにつながる可能性があります。

他のSSRIにおけるタモキシフェンへの影響は?

ここが今回のポイントになる部分だと思いますが、前述した文献の内容では、タモキシフェンとの併用で死亡リスクの増加につながっている薬剤はありませんでした。

今回話題にあげたエスシタロプラムは文献中に含まれていなかったものの、ラセミ体であるシタロプラムは含まれていました。

Lexicompで、「タモキシフェン」と「エスシタロプラム」で検索すると【B】No action needed で特段の注意を要さない薬剤に該当します(タモキシフェンとパロキセチンは【D】Consider therapy modification 治療法の修正を検討)。

これらを総合して考えると、エスシタロプラムを併用していても受ける影響は少ないかな?という印象を受けますが、今回の治療薬が「乳がん治療薬」であることを加味すると、少しでも可能性のあるリスクは排除しておきたいところです。

最終的には

疑義照会を行っています。

タモキシフェン処方診療科の医師からは、中止は難しいためレクサプロの変更を相談するように患者へ伝えるよう指示がありました。

レクサプロ処方診療科へは、トレーシングレポートによりその内容を報告し、文献の内容やCYP2D6阻害薬の阻害の強さの表をあわせて添付し、代替薬の提案を行っています。

今後の処方の動向と患者の病状が気になるところです。

 

【参考資料】
1)Kelly CM, Juurlink DN, Gomes T, Duong-Hua M, Pritchard KI, Austin PC, Paszat LF. Selective serotonin reuptake inhibitors and breast cancer mortality in women receiving tamoxifen: a population based cohort study. BMJ. 2010 Feb 8;340:c693. doi: 10.1136/bmj.c693. PMID: 20142325; PMCID: PMC2817754.

2)Stearns V, Johnson MD, Rae JM, Morocho A, Novielli A, Bhargava P, Hayes DF, Desta Z, Flockhart DA. Active tamoxifen metabolite plasma concentrations after coadministration of tamoxifen and the selective serotonin reuptake inhibitor paroxetine. J Natl Cancer Inst. 2003 Dec 3;95(23):1758-64. doi: 10.1093/jnci/djg108. PMID: 14652237.

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