ジスチグミン(ウブレチド®)による下痢!コリン作動性クリーゼの初期症状

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ジスチグミン(ウブレチド®)の適応症など

効能効果・用法用量

ジスチグミン(ウブレチド®)

1.手術後及び神経因性膀胱などの低緊張性膀胱による排尿困難
2.重症筋無力症

の2つを適応症に持つ医薬品で、その用法は適応症によって異なっています。

使用頻度としては、「1」の適応症での使用例が多いと思います。

「1」の 用法用量

ジスチグミン臭化物として、成人 1 日 5mg を経口投与する。

注意喚起情報

注意書きとして以下の記載があります。

本適応症において死亡に至る重篤なコリン作動性クリーゼが発現していることから、重篤なコリン作動性クリーゼを防止する観点より、本適応症については「用法及び用量」を「ジスチグミン臭化物として、成人 1 日 5mg を経口投与する。」に変更する承認事項一部変更の申請を行い、承認された。

これは1999年より1日5mgから投与を開始するよう3度も注意喚起されてきましたが、死亡事例増加により、2010年3月の安全性情報が発行されて、1日5mgまでと用法用量の改訂に至ったものです¹⁾

ジスチグミンは腎排泄型の薬剤であるため、例え低用量であっても高齢者など生理機能が低下している症例では重篤なコリン作動性クリーゼを発症する可能性は十分にあります。

2020年9月1日、改正医薬品医療機器等法(薬機法)が施行され、服薬期間中のフォローアップの義務化やオンライン服薬指導がスタートしましたが、ジスチグミンに関してもその特徴をよく把握した上で、服薬指導後の症状確認の電話が必要な薬剤ではないかと思います。

今回のおはなし

✅ ジスチグミンによる下痢の副作用報告とその特徴

✅ 服用方法の違いによる副作用発現への影響(実際の事例をもとに)

✅ ジスチグミンの適応外使用例

ジスチグミンによる下痢の副作用報告とその特徴

PMDAに報告された「下痢」の副作用報告は、2020年9月現在で42例あります。

ROR 6.19(CI下限4.52)

その内訳をみてみると、8割以上を60歳以上の高齢者が占めており、インタビューフォームの記載をみても、60歳以上とくに70歳台の副作用発現頻度が高い傾向にあります。

また、投与開始から発現までの期間別症例数では、2週間以内の発現が大半であることから、特に投与開始 2 週間以内はコリン作動性クリーゼの徴候(初期症状:悪心・嘔吐、腹痛、下痢、唾液分泌過多、気道分泌過多、発汗、徐脈、縮瞳、呼吸困難等、臨床検査:血清コリンエステラーゼ低下に注意することという注意書きがインタビューフォームにも書かれています。

PMDAの報告でも、大半が投与4週間以内に限定されており、2013年のデータと同様の結果となっています。

〓〓 項目まとめ 〓〓
✓ 投与2週間以内が多い
✓ 70歳以上の高齢者に特に多い
✓ コリン作動性クリーゼの初期症状は要チェック!

服用方法の違いによる副作用発現への影響(実際の事例をもとに)

もともとこの記事を書こうと思ったきっかけの症例が2つあります。

1つは男性の方で、PMDAへの副作用報告も行っています。2例目は最近ジスチグミンを5mg/日で服用し始めた方で、服用からちょうど2週間経過した日に電話がかかってきた症例になります。

いずれの症例も「下痢」の副作用発現日は2週間前後となっています。

1例目の男性

PMDAへの副作用報告を行った男性は、毎回対応する薬剤師が異なったため、最初に投薬した薬剤師であれば気づけた副作用も後手後手に回って気づけず、また病院も「下痢」の症状を訴え受診していたにも関わらず、処方医師とは別の診療科にかかっていたため気づくことができていませんでした

最終的に一旦ジスチグミンの服用を中止して症状は軽快したものの、排尿困難が再度みられたため、5mg/日を分2で服用することになっています。分2で服用するようになってから1年以上経過していますが、その後下痢の症状はみられていません。

ここで1つ疑問が湧きませんか?1日量は変えずに1日服用回数を増やすとなぜ下痢症状は改善されたのか?

服用回数と副作用

ジスチグミンの血中濃度半減期は二相性で、α相で4.47±2.03hr、β相で69.5±5.1hr長時間作用型の薬剤です。

75%に低下する2半減期までと考えても5日間はその消失に必要となってきます。

定常状態に達するまでは、1日1回5mgの服用で、2週間かかるとされています。

消失相のみの1-コンパートメントモデルの薬物では、単回投与の血中濃度、半減期と蓄積率から定常状態の血中濃度を予想できますが²⁾、分布相と消失相がある2-コンパートメントモデルの薬物では適用できないとされていますので、定常状態の血中濃度予測が難しい薬剤かと思います。

‖もし、1ーコンパートメントモデルだとしたら‖

デパケン徐放錠を例にとると、1回600mg1日2回と1回1200mg1日1回で、反復投与後の定常状態におけるCmaxに差がないことがわかります(トラフ値は1日2回の方が高い値となっています)。

※投与間隔 / 半減期から求めた数値で蓄積率を算出し、(推定)定常状態最高血中濃度=単回投与Cmax × 蓄積率 で予測もできます。

この辺りの定常状態関連の話については私も持っていますが、この本に詳しく書かれています。【患者とくすりがみえる薬局薬物動態学】

Pubmedで「ジスチグミン」で検索すると96件だけがヒットしてきますが、それを一つずつ見ていっても薬物動態に関する文献はおそらく一つしかありませんでしたし、1日1回と2回で効果を比較したような文献もみつけられませんでした。

ジスチグミンの血中濃度と血中AChE活性の推移をみて、PK/PD解析したもの³⁾

この資料の中では、AChE活性に対するジスチグミンの阻害効果は、最大血漿中薬物濃度に達してから1.5~3.5時間後(投与開始から3~5時間後)にピークを示し、投与後12時間以上持続したと記載されています。(血中濃度より少し遅れてピークを示し、その阻害効果は持続する)

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また、用量依存的ですが非線形な増加で、膀胱、結腸及び顎下腺におけるAChE活性に対するジスチグミンの阻害効果は、血中AChE活性に対する効果と同様の時間経過を示しました(脳への移行性はほとんどなし)。
ジスチグミンの有意な薬理効果は、血中AChE活性に対する有効阻害率は最大阻害率(Imax)の50~70%で発現し、70%以上のAChE活性の阻害は副作用を引き起こす可能性があることが示唆されています。

ラットの尿閉塞モデルにおいてジスチグミン(0.3~1.0 mg/kg)を経口投与すると、投与後 3 時間以上にわたり平均尿量が用量依存的に増加することを示しましたが、3.0 mg/kgの最大用量を投与したところ、約70%のAChE活性阻害が認められたとされていることから阻害率は投与量すなわち血中濃度にも依存すると考えられる。

これらのことから、単回投与量の増加は、AChE活性阻害率70%を超える可能性があり、1日2回 1回2.5mgの投与よりも1日1回 1回5mgの方が副作用発現のリスクが高くなる可能性はある。

〓〓 項目まとめ 〓〓
✓ ジスチグミンは2ーコンパートメントの効果持続時間の長い薬で定常状態がある薬
✓ AChE活性の阻害は血中濃度にやや遅れてピークを示すものの、持続時間は長い
✓ AChE活性阻害率70%を超える用量では副作用発現リスクが高くなる

ここはちょっともやっとした感じで終わってしまいますが、1日1回5mgで下痢症状がみられた場合には、1日2回 1回2.5mgと1回量を減量して様子をみるのも一つの選択肢としては考えられます。

2例目の女性

2例目の女性も、服用開始からちょうど2週間後に下痢症状を訴えて電話してきた方でした。

服用開始からの期間でコリン作動性クリーゼの初期症状の可能性も考えられたため、病院に確認して服用中止するか、減量するかの判断を仰ぐように伝えました(※病院にこちらから確認もできますが、細かい症状の伝達はご本人からした方がいいと思いこのときはそういう判断になりました)。

翌日、気になって患者宅に電話で確認しましたが、その後症状が落ち着いてきたので電話せずに様子をみていたら下痢はおさまっていますということでした(病院にこちらから確認すれば良かったと後悔したのはこの時でした)。

これは最近の話なので、継続して服薬後フォローをしていきたいと考えています。

なぜ症状がおさまったのか?

ここで、一度出た症状がなぜおさまったのか?という疑問が湧いてきます。

いろいろ考えながらインタビューフォームを眺めていたとき一つ引っかかる部分がありました。

これです。食事の影響の部分で、絶食時のCmax、AUCが高値。

これは相互作用の項目だったら併用禁忌に近いレベルなのではないだろうか!!と思いました。

例えば、この方が食後服用で服用をしていて、あるとき体調を崩して空腹時服用が続くようなことがあったとしたら?血中濃度が上昇して下痢の症状が発現する可能性があります。

そして、何かのきっかけで食後服用に戻ったとすると全体の血中濃度が低下して、下痢症状が消失したというひとつの可能性も考えられます。

食事の影響

ジスチグミンの服薬フォローのプロトコールを作成して運用した結果を報告しているものがありますが、その中でも食事の影響について言及されています¹⁾

このプロトコールの中では、12名の患者に電話介入を実施し、4名の患者で下痢が軽度ながらみられています。33%って結構高率ですよね。

薬剤師へのアンケートにより、ジスチグミンの吸収に食事が影響することを知っていた薬剤師は10名(21.7%)と少なかったこともわかります。

この資料の中では以下のように記載されています。

日本の用法は「1日5mgを経口投与」と服用時点を明示していないが、米国の用法は「1日5mgを朝食30分前、毎日または隔日」と服用時点を決めていることからも、少なくとも服用時点を変えないように服薬指導することが重要と考えられた。

これすごい大切な部分だと思いました。

手術前の絶食状態においてジスチグミンを服用し、コリン作動性クリーゼを発症した症例も報告されています⁴⁾

食後服用する薬剤を、手術当日のみ空腹時服用するケースも少なくないため注意が必要です。また、シックデイなどで水分・食事の摂取ができなくなる場合にも注意が必要と考えられます。

〓〓 項目まとめ 〓〓
✓ ジスチグミンは食事の影響を受けるため、少なくとも服用時点を変えないように説明することが大切!
✓ 服用中の体調不良や手術前などにも注意が必要

ジスチグミンの適応外使用例

✅ 排尿障害をともなう便秘
便秘に対するジスチグミンの使用に関する文献報告はほぼ出てきませんでしたが、私が大学院時代に実習に行っていた病院では、排尿障害をともなう高齢者の便秘に対して、まるで適応症があるかと思ってしまうくらい処方されていた記憶があります。

主に在宅患者さんでしたが、今ほど便秘薬の選択肢は多くなかったため、刺激性下剤、緩下剤、ラクツロースなどでもコントロール不良の患者さんに処方されていました。副作用発現例は実習中一人もみませんでしが、便秘がうまくコントロールされていたということはChE活性の阻害作用が強く効いていたということなんでしょうね。

 鎮痛補助
帯状疱疹後神経痛に対して、アミトリプチリンの併用薬として、詳細は不明ですが、ジスチグミンやバルプロ酸といったワードが出てきます⁵⁾。また、疼痛緩和クリニックに通院している患者に対して、アミトリプチリン、ジスチグミン単独もしくは併用の投与を行って、ジスチグミン単独でも症状の緩和が認められ、アミトリプチリンの口渇に対してもジスチグミンの唾液分泌促進作用が有効であったとされています⁷⁾

術後鎮痛や神経因性疼痛に対してジスチグミンやフィゾスチグミンが有効であったという報告もあります⁶⁾

✅ 薬物による口腔乾燥症

検索していくと、こういった症状が適応外使用例としてでてきますが、実際の使用例に出会ったことはありません(便秘以外)。

まとめ

ジスチグミン(ウブレチド®)の使用に際して注意して見ていきたいこと

□ 副作用の発現は2週間目までが多く、下痢症状の他にも唾液分泌過多や発汗などもチェック。
  高齢者の処方開始時には、服薬フォローが必要
□ 下痢が発現したら、1日量を1日2回に分割して服用することも一つの選択肢に
□ 食事の影響を受けやすいので、シックデイ時や手術前の服用には注意が必要
  少なくとも服用時点を変えないように説明することが大切!

 

● 参考資料 ●

1.中谷友美ら,ジスチグミン臭化物錠適正使用プロトコール導入効果.医薬品情報学,18(2),p95-105,2016

2.患者とくすりが見える薬局薬物動態学、P.15、2008、南山堂

3.Yoshihiko Ito et al,Pharmacokinetic and pharmacodynamic analysis of acetylcholinesterase inhibition by distigmine bromide in rats.Drug Metab Pharmacokinet,25(3):254-61,2010(PMID: 20610884)

4.花房伸幸ほか,絶食指示下においてジスチグミン臭化物によるコリン作動性クリーゼ発症が疑われた1症例,p1548,第28回医療薬学会年会抄録集,2018

5.Bowsher D. Acute herpes zoster and postherpetic neuralgia: effects of acyclovir and outcome of treatment with amitriptyline. Br J Gen Pract. 1992;42(359):244-246.(PMID:1419247)

6.Hartvig P, Gillberg PG, Gordh T Jr, Post C. Cholinergic mechanisms in pain and analgesia. Trends Pharmacol Sci. 1989;Suppl:75-79.(PMID:2694528)

7.Hampf G, Bowsher D, Nurmikko T. Distigmine and amitriptyline in the treatment of chronic pain. Anesth Prog. 1989;36(2):58-62.(PMID:2574958)

 

 

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