デュロキセチン(サインバルタ®)の飲み合わせ
概要
薬の相互作用は、「併用禁忌」と「併用注意」に分けて記載されますが、
◆より影響の大きい「併用禁忌」は併用してはいけない薬
◆「併用注意」は併用することもあるが、減量したり経過をみたり注意深く使用する薬
というイメージがあります。
今回は、精神科でパロキセチン(パキシル)が定期処方されている方に対して、整形外科にてデュロキセチン(サインバルタ)が追加処方された例についてです。
(精神科)
Rp1)パロキセチン20mg 1T / 1×夕食後
(整形外科)
Rp1)デュロキセチン20mg 1C / 1×夕食後
Rp2)アセトアミノフェン300mg 6T / 3×毎食後
Rp3)ロキソプロフェンNaテープ100mg
もともとデュロキセチンやパロキセチンは相互作用が多い薬というイメージがあり、内容を確認したところやはり「併用注意」に該当していました。
このとき、
でもデュロキセチンは開始用量の少量からだし大丈夫かな?でも、初期投与量でも胸焼け、吐き気の症状でる人もいるからなー
こんな思いが頭の中をめぐっていました。
色々考えましたが、そもそも、医師が他病院の併用薬を知らなかったとしたら良くないので、確認だけはしておこうという結論に至りました。
まずは結論から書きますが、疑義照会の結果、デュロキセチンの処方はなくなり代替薬の処方もありませんでした。
疑義照会自体は確認のつもりで、「絶対併用してはだめですという薬ではなく、医師の許可が得られればこのままお渡しします」という内容で伝えましたが結果削除。
何となくもやもやした気持ちが残りつつ、いくつか調べてみたいことが出てきたので順番に書いていきます。
パロキセチンはデュロキセチンにどれくらい影響を与えるのだろうか?
添付文書の記載はこちら
とりあえずデュロキセチンのクリアランスが低下して血中濃度が上がりそうということだけわかります。
インタビューフォームの記載はこちら
残念ながら社内資料です〔社内資料:臨床における薬物相互作用試験(2010/1/20 承認、申請資料概要 2.7.2.2,
2.7.6.3)〕
Cmax、AUCともに約1.6倍程度増大するとなっています。血中濃度だけで考えると影響は少なそうですが、その使用量には注意が必要そうです。
併用に関する文献はこちら
Duloxetine is both an inhibitor and a substrate of cytochrome P4502D6 in healthy volunteers
(デュロキセチンはチトクロームP450 2D6の阻害剤であり基質でもある)
Clin Pharmacol Ther.73(3):170-7.(doi: 10.1067/mcp.2003.28.)
アブストラクトのみとなります。複数の試験が組み込まれていますが、CYP2D6阻害剤であるパロキセチンがデュロキセチンの薬物動態に与える影響についての検討がされています。
デュロキセチン40 mg 1日1回
パロキセチン20 mg 1日1回
パロキセチンは、デュロキセチンのCmaxおよびAUCを1.6倍増加させた。有害事象の報告は、デュロキセチンが単独群とパロキセチン併用群で同様であった。
詳しい部分がわかりませんが、インタービューフォームの記載と同様でかつ副作用の発現にも差がなかったという結論になっています。
悪心の副作用はどれくらいの時期にどの程度出るのか?
血中濃度の上昇はわかりました。もし併用する場合には特に注意してみる時期も把握しておく必要があると思いますので、副作用の発現状況についても調べてみました。
PMDAに報告された「悪心」の副作用症例数は34例(ROR 2.39,CI下限1.7)で副作用発現日の平均は12日、大半は7日(1週間)以内に発現しています。年代別では30~80歳代まで世代別の差はありません。男女比では3:1の比率で男性の方が多い結果となっています。
まとめると
「パロキセチンは、デュロキセチンとの併用で中等度の血中濃度への影響を与えるが、副作用の発現頻度に差はなく少量から様子をみながら使用すれば使用が可能」という風にもとらえることができるかもしれません。今回の症例については疑義照会をすることによって今後のデュロキセチン処方という選択肢を失ってしまった訳です。
ここで少し別の視点からも考えてみたいと思います。
ここまで血中濃度にばかり注目してみてきましたが、そもそもこの方の原疾患には”うつ状態”があり、デュロキセチンの重要な基本的注意の項目には以下のような記載があります。
投与開始時、投与量変更時には注意深い観察が必要であることを考慮すると、やはり疑義照会は妥当であったと考えます。
さらに、副作用の発現や状態の変化も含めて、今後の経過を見守っていきたいと思います。
〔モニタリング〕
うつ症状の変化をみる一つの目安として、【躁転】というものがあります。うつ病患者のうち、双極性感情障害がある方でみられる症状で、プラセボを比較対照にしたときに、イミプラミンの躁転率は1.85倍(95%信頼区間;1.22~2.79)、セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin- noradrenaline reuptake inhibitor:SNRI)の躁転率は1.74倍(95%信頼区間;1.06~2.86)と有意に高く、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)の躁転率は1.25倍(95%信頼区間;0.86~1.81)とプラセボと有意差がなかったという結果がでています。三環系抗うつ薬やSNRIでは躁転に注意が必要になってきます。これも経過をみていくためのひとつの方法かもしれません。
Allain N, et al:Acta Psychiatr Scand. 2017;135 (2):106-16.
おまけ
デュロキセチンは整形でもよく処方される薬ですが、併用注意の項目には他にも整形外科でよく処方される薬が記載されていたのでそれについても見ていきたいと思います。
トラマドール(トラマドール、トラムセット配合錠)
すごい小さくですが、セロトニン作用薬の中に「トラマドール」の記載があります。
トラマドールはセロトニンおよびノルアドレナリンの再取り込み阻害作用、さらにCYP2D6で代謝されて生じるO-デスメチルトラマドールがμオピオイドに作用して弱いμオピオイド作用を示します。
デュロキセチンはCYP2D6を阻害するためトラマドールの血中濃度が上昇しセロトニン過剰状態が生じるといった仕組みです。
症例報告ですが、デュロキセチンとトラマドールの併用によりセロトニン過剰状態を起こした3症例の報告があります。
少量のヂュロキセチンとトラマドールの併用によるセトロニン過剰状態.日本ペインクリニック学会誌,26(2):p107-110,2019
この3症例はトラマドール(症例1:75mg/日、症例2:50mg/日、症例3:75mg/日)とデュロキセチン20mgの併用となっており、いずれも少量での使用でしたが薬物相互作用と思われる状態を生じています(両剤併用患者118名、うち3名でセトロニン過剰状態を示した〔2.5%〕)。
開始初期から症状が発現しており、いてもたってもいられない落ち着きのなさ(焦燥感)がみられている症例が多く、その他の症状としては、両上肢の振戦、見当識障害、発汗過多、動悸などがみられ、薬剤の中止により症状の軽快がみられています。
さいごに
整形外科領域では、慢性痛を有する方は多剤併用されることが多く、NSAIDS以外にも痛み止めとして、デュロキセチン、プレガバリン、トラマドールなどがよく使用されます。その使用頻度から、他科併用薬との飲み合わせ(相互作用)についてもより注意する必要があります。
また、精神科内の同一処方でもまれに、デュロキセチンとパロキセチンの併用処方がみられることがあります。パロキセチンで効きが弱くなってきた時などデュロキセチンへ切り替える過程で生じたものかと思いますが、切り替え過程で症状が安定した場合には併用のままで経過をみることもあるかもしれません。
患者さんからの聞き取りも十分に行ったうえで問合せを行っていきたいですね。
また、今回の症例で触れることができませんでしたが、デュロキセチンの用法は「朝食後」となっており、本来夕食後に対する疑義照会が必要となります。朝食後と就寝前の服用ではその血中濃度に差があります。