においと記憶 ~ プルースト現象 ~

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ヒトが感じるにおいは記憶と強く結びつくため、例えばコーヒーのにおいを嗅いだときに、リラックスした気分になるか、イライラした気分になるかは、被験者が「コーヒーのにおいに関係づけて記憶している事象」からくる気分の変化に大きく左右されるため、コーヒーの匂いがリラックスにつながるかどうか?という本質的な部分はあいまいとなってしまいます。

こういったことからも、匂いを科学的に証明することが難しいと言われています。

ある特定の香りから、それにまつわる過去の記憶が呼び覚まされる心理現象は「プルースト現象」と呼ばれています。

プルースト現象

■よく干したお布団は太陽の香りがして子供時代を思い出す
■雨が降った時のアスファルトのにおいで、その時起こった思い出を思い出す
■昔彼氏がつけていた香水のにおいで付き合っていた時のことを思い出す
■柔軟剤のにおいを嗅いだら、それを使っている友達のことを思い出す

例を挙げるときりがないくらい出てきます。

プルースト現象について報告された文献

自伝的記憶(人がそれまでに経験した出来事に関する記憶:エピソード記憶)の観点から検証が行われています。過去の報告では、においによって思い起こされた自伝的記憶は、それ以外の刺激(言語など)よりも、鮮明でかつ情動的であるため、忘れにくく記憶を呼び戻すことが示唆されているものもあります。

いくつかみていきたいと思います。

No.1 若年者の研究

大学生118名(男性31名、女性87名)、平均年齢19.3歳(18-24、SD=1.2)を対象として、単語手がかり法による自伝的記憶の研究を行ったものがあります¹⁾。被験者毎に具体的な匂いに関する記憶を0-10個あげてもらい、その中で頻度の高かった9個について分析しています。結果は表1のようになっています。年齢別の具体的な記憶の頻度を求めたものでは、21.5-16歳:282個、15ー10歳:129個、9歳以前:81個と最近になるにつれて記憶頻度が高くなる傾向がみられています。

No.2 若年者と高齢者の研究

大学生34名(平均20.26歳、SD=1.12)と福祉施設利用高齢者51名(平均75.54歳、SD=5.65)を対象として匂いによる記憶想起について尋ねたものです²⁾なかには自伝的記憶の報告ができなかった被験者もいた(若者群3/34名、高齢者群19/51名)が結果はFig1のようになっています。両者とも家族の思い出が多く、小学校時代を想起しやすい点は共通点としてあったが、高齢者の方がより古いエピソードを思い出すことが示されています。

ここまでみてくると、匂いからの自伝的記憶の想起について若年者は直近のものを思い出しやすく、高齢者では直近のものを思い出すのは苦手で昔の記憶を呼び覚ましやすいと言えます。また、小学校年代の記憶に占める割合は高い可能性も考えられます。

No.3 より詳細な分析

大学生、大学院生118名(男性38名、女性80名、平均年齢21.2歳)に対して30種類のにおいを用いて、においが自伝的記憶の想起に及ぼす影響を検討したものです³⁾

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想起された自伝的記憶の特徴
1.日常、習慣 23.2%
(ex. 家族で夕食を一緒に食べている)
2.アルバイト・家事 11.4%
(ex. アルバイトで調理をしている場面)
3.買い物・外出 11.1%
(ex. 小学生のとき、文房具店でいいにおいの消しゴムを友達と買いにいった)
4.他者 10.8%
(ex. 昔よくおじいちゃんの部屋に遊びに行っておじいちゃんの膝の上で一緒にお弁当を食べていた)
5.もの 9.3%
(ex. うちの部屋にあるアザラシのぬいぐるみ)
6.場所 7.6%
(ex. 母方の祖母の家の仏壇の部屋)
7.ケガ・病気 7.1%
(ex. 高熱でフラフラになりながら病院にいった)
8.学校行事・クラブ活動 6.6%
(ex. 林間学校で友達とカレーを作ったこと)
9.レジャー 6.1%
(ex. オーストラリアに旅行に行った)
10.特別な出来事 5.2%
(ex. 姉の結婚式)
11.その他 1.5%
(ex. テレビのCM)

品目毎に想起率などを示したのがTable4になりますが、小学生年代の記憶が圧倒的に多く、分類としては上で示したような内容順に多くなっています。想起率が高いものは、その鮮明度、感情、快ー不快指数も高い傾向があり、カレー、コーヒー、納豆、チョコレート、石鹸など特徴的なものがラインナップされています。

また、別の文献では接触頻度の高い匂いほど無意図的想起が生じやすかった⁴⁾という報告もあることから、その接触頻度についても効果発現の有無に関係してくるのかもしれません。

No.4 その他

他にもいろいろあるようですが、興味のある方はみてみてください。

Chu, Simon, and John J. Downes. 2002. “Proust Nose Best: Odors Are Better Cues of Autobiographical Memory.” Memory & Cognition 30 (4): 511–18.

これが、英国のリバプール大学の研究者によって発表されたものです。

Matsunaga, Masahiro, Yu Bai, Kaori Yamakawa, Asako Toyama, Mitsuyoshi Kashiwagi, Kazuyuki Fukuda, Akiko Oshida, et al. 2013. “Brain-Immune Interaction Accompanying Odor-Evoked Autobiographic Memory.” PloS One 8 (8): e72523.

こちらは、愛知医科大学と花王による共同研究結果になっています。

さいごに

結局のところ何が一番言いたかったのか!?

においと記憶が関連付けて考えられるなら、アロマを用いた治療にも利用できるのではないか?と考えたからです。

何がいいたいかと言うと、例えば”気分が爽快で楽しい・うれしい・Happyだ”という時だけある特定の匂いを準備しておいて常に嗅ぐようにしておく(アロマ芳香やアロマスプレーなど)。気分が沈んだときにもその匂いを嗅ぐことで、そのときの気持ちが思い出されて気持ちが盛り返せる。こんな効果があったら素晴らしい!ということです。

今回調べた内容だと、直近のものであっても印象的で繰り返されるものについては匂い記憶があるようだったので、もしかしたら利用が可能なのかな?とも感じました。

薬局ではアロマの精油も扱っているため、今後試行錯誤しながら取り組んでみたいと思います。

 参考資料 

1)治石原. 2011. “若年者の匂いの自伝的記憶に関する研究.” 日本心理学会大会発表論文集 75: 3PM089–3PM089.

2)美都子林., and 知美坂. 2017. “高齢者と若年者における、匂いに関する自伝的記憶構造の相違.” 日本認知心理学会発表論文集 2017: 17.

3)晃輔山本, and 幸正野村. 2010. “におい手がかりの命名,感情喚起度,および快-不快度が自伝的記憶の想起に及ぼす影響.” 認知心理学研究 7 (2): 127–35.

4)早苗中島, 利紘分部, and 久登今井. 2012. “嗅覚刺激による自伝的記憶の無意図的想起:匂いの同定率・感情価・接触頻度の影響.” 認知心理学研究 10 (1): 105–9.

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