悪夢とくすりの関係!悪夢を起こす薬と治療薬
悪夢を惹起する薬としてはいくつかの薬剤が知られていますが、今回服薬指導時に遭遇した悪夢に関する話題をピックアップしてみていきたいと思います。
👴:最近夢を見ている時間がながくて、同じ様な悪い夢ばかりみてるような気がする
Rp)
トラゾドン錠50mg 3T
デュロキセチン30mg 2C /1× 夕食後
スボレキサント錠20mg 1T
ラメルテオン錠8mg 1T
ミルタザピン錠15mg 2T/1× 就寝前
というのが正直な感想でした。
悪夢を惹起する薬剤
添付文書に「悪夢」の記載がある薬(薬効群)一部抜粋
【β遮断薬】
アテノロール、カルテオロール、チモロール、ピンドロール、プロプラノロール、ベタキソロール、メトプロロール等
【降圧薬】
メチルドパ、レセルピン、レシナミン等
【ベンゾジアゼピン系薬】
クアゼパム、ゾルピデム、トリアゾラム等
【抗うつ薬】
クロミプラミン、タンドスピロン、トラゾドン、マプロチリン等
その他【抗パーキンソン薬】【抗精神薬】【抗アレルギー薬】【抗HIV薬】【鎮痛剤(麻薬性)】【抗真菌薬】シプロフロキサシン、ドネペジル、ニコチン、ミダゾラム、バレニクリン などが挙げられる。
PMDA(独立行政法人 医薬品医療機器総合機構)への報告症例数「悪夢」
医薬品 | 症例数 | ROR | CI 下限 |
ザナミビル | 9 | 89.19 | 44.47 |
パロキセチン | 9 | 25.85 | 12.92 |
サーバリックス | 8 | 36.78 | 17.7 |
エファビレンツ | 7 | 123.27 | 56.5 |
スボレキサント | 7 | 108.68 | 49.85 |
プレガバリン | 5 | 7.28 | 2.94 |
バレニクリン | 4 | 38.31 | 13.99 |
サニルブジン | 3 | 60.9 | 19.14 |
ラミブジン | 3 | 22.04 | 6.94 |
アセトアミノフェン | 2 | 4.44 | 1.09 |
アマンタジン | 2 | 16.09 | 3.95 |
アリピプラゾール | 2 | 5.59 | 1.37 |
アルプラゾラム | 2 | 17.75 | 4.36 |
エムトリシタビン・テノホビル | 2 | 25.2 | 6.18 |
オセルタミビル | 2 | 6.69 | 1.64 |
ゾルピデム | 2 | 6.91 | 1.7 |
デュロキセチン | 2 | 9.92 | 2.44 |
ドネペジル | 2 | 8.08 | 1.99 |
バラシクロビル | 2 | 4.63 | 1.14 |
フルニトラゼパム | 2 | 9.16 | 2.25 |
ミルタザピン | 2 | 13.44 | 3.3 |
ガーダシル | 2 | 41.1 | 10.07 |
アカンプロサートカルシウム | 1 | 148.52 | 20.3 |
アテノロール | 1 | 18.6 | 2.58 |
アバカビル | 1 | 28.84 | 4 |
は今回の症例で使用されている薬剤です(3つ該当)。
その他、β遮断薬は比較的有名ですが、プロプラノロールではなく、アテノロールだけがランクインしています。
統一感はあまりありませんが、眠気をきたす薬剤が目立つ傾向はあるかもしれません。
米国食品医薬品局(FDA)のFDAの有害事象報告システム(FAERS)で見る
Borchert, Jill S., Bo Wang, Muzaina Ramzanali, Amy B. Stein, Latha M. Malaiyandi, and Kirk E. Dineley. 2019. “Adverse Events Due to Insomnia Drugs Reported in a Regulatory Database and Online Patient Reviews: Comparative Study.” Journal of Medical Internet Research 21 (11): e13371.
FDAデータベースとオンラインレビュー(Drugs.com)で報告された不眠症薬による有害事象:比較研究
2007年2月~2018年3月までのDrugs.comの1407件のレビューと2015年1月~2017年9月までのFAERSデータベース(FDAデータベース)の5916件の内容からデータをピックアップして比べています。
ここで比較されているのは、エスゾピクロン、ラメルテオン、スボレキサント、ザレプロン、ゾルピデムの5種類です。
FAERSデータベースの内容をみてみると、こちらのようになっています(ザレプロンは日本未発売のため抜いてます)。
エスゾピクロン (n = 458) |
n(%) | ゾルピデム (n = 3448) |
n(%) |
薬物無効 | 78(17.0) | 薬物無効 | 499(14.5) |
不眠症 | 33(7.2) | 不眠症 | 146(4.2) |
製品代替問題 | 30(6.6) | 製品代替問題 | 96(2.8) |
味覚異常 | 22(4.8) | 夢遊症 | 75(2.2) |
製品品質の問題 | 16(3.5) | 傾眠 | 59(1.7) |
薬効の低下 | 14(3.1) | 薬物依存 | 57(1.7) |
せん妄 | 12(2.6) | 健忘症 | 51(1.5) |
頭痛 | 7(1.5) | 交通事故 | 48(1.4) |
吐き気 | 7(1.5) | 様々な薬剤に対する毒性 | 47(1.4) |
睡眠障害 | 7(1.5) | 過剰摂取 | 46(1.3) |
ラメルテオン (n = 208) |
n(%) | スボレキサント (n = 6171) |
n(%) |
薬物無効 | 30(14.4) | 薬物無効 | 1108(18.0) |
有害事象なし | 17(8.2) | 悪夢 | 422(6.8) |
意図的な過剰摂取 | 14(6.7) | 異常な夢 | 382(6.2) |
様々な薬剤に対する毒性 | 13(6.3) | 傾眠 | 256(4.2) |
傾眠 | 8(3.9) | 頭痛 | 199(3.2) |
自殺未遂 | 8(3.9) | 異常な感じ | 189(3.1) |
薬物処方エラー | 7(3.4) | 幻覚 | 174(2.8) |
めまい | 6(2.9) | 不眠症 | 136(2.2) |
中期不眠症 | 6(2.9) | 睡眠麻痺 | 124(2.0) |
年齢が不適切な患者への投与 | 5(2.4) | 有害事象 | 109(1.8) |
ゾルピデムのような短時間作用型の薬剤に特徴的な症状としては、健忘症、薬物依存、夢遊症(夢遊病)が挙げられていました。PMDAの副作用表記では、夢遊病ではなく夢遊症で登録されており、ゾルピデム、トリアゾラムなどでみられています。
PMDAの報告と同様で、スボレキサントの悪夢の有害事象の割合は高い傾向にありました。
悪夢はどうしてみるのか?
そもそも悪夢はどうしてみるのか?
睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があり、さらにノンレム睡眠には1~4に分類される睡眠段階というものがあります。一晩の睡眠はこの睡眠段階を繰り返すことで構成されていて、質の高い眠りには、このサイクルが重要と考えられています。
レム睡眠:身体は骨格筋が弛緩して休息状態にありますが、脳が活動して覚醒状態にあります。眼球だけが急速に運動していることからも「rapid eye movement(REM):急速眼球運動」sleepと呼ばれます。
夢を見るのはレム睡眠中であることが多いとされています。レム睡眠期直後に覚醒した場合、直前の夢の内容を覚えていたり、その記憶による事実錯誤の状態になっていたりすることがあり、問題行動はこのタイプが多いと言われています。(RBD:レム睡眠行動障害)
ノンレム睡眠:ノンレム睡眠は一般的には「脳の眠り」と言われます。筋肉の活動は休止せず、体温は少し低くなり、呼吸や脈拍は非常に穏かになってきて血圧も下がります。脳が覚醒していないため記憶されず、この間に夢をみていたかどうかは確認が難しいとされています。
ここまで見てくると、夢を見るのは「レム睡眠」の時間帯であることがわかると思います。
すなわち「レム睡眠」の時間が長くなると、より悪夢をみる可能性も高くなるということではないでしょうか
・小暮貴政,寝具と睡眠.バイオメカニズム学会誌,29(4):189-193,2005
・レム睡眠(Wikipedia)
今回の症例ではどう考えていくのか?
3剤を比較する(スボレキサント、デュロキセチン、ミルタザピン)
前述したとおり、副作用報告がある「スボレキサント」「デュロキセチン」「ミルタザピン」の3剤が被疑薬として挙げられます。
審査報告書
スボレキサントの承認申請時の「審査報告書」の申請資料概要をみると、「悪夢」の記載が副作用の項目にあり、他2剤にはありません。
また、スボレキサントの申請資料概要の中の非臨床試験で、ラット、イヌ、サルにおいてレム睡眠が増加したとの記載がある。他2剤にはレム睡眠に関連する記載はありません。
文献検索
また、プラセボ、ブロチゾラム、スボレキサントで睡眠時間などを比較した試験では、スボレキサントはプラセボ、ブロチゾラムに比べて、レム睡眠、ノンレム睡眠ともに増加させたという報告があります。
Seol, Jaehoon, Yuya Fujii, Insung Park, Yoko Suzuki, Fusae Kawana, Katsuhiko Yajima, Shoji Fukusumi, et al. 2019. “Distinct Effects of Orexin Receptor Antagonist and GABAA Agonist on Sleep and Physical/cognitive Functions after Forced Awakening.” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America 116 (48): 24353–58.
まとめると
悪夢の副作用報告件数から、「スボレキサント」「デュロキセチン」「ミルタザピン」の3剤が被疑薬として絞り込まれましたが、FDAの有害事象報告事例や審査報告書の内容から、悪夢の副作用記載があり、レム睡眠を増加させて夢見る時間を長くさせる可能性がある「スボレキサント」が第一被疑薬と考えていいのではないでしょうか?
悪夢に効果がある薬は?
悪夢をきたす疾患はどういったものがあるか?
睡眠中に起こる異常現象を睡眠随伴症(パラソムニア)と総称し、ノンレム睡眠期に起こる「NREM-related parasomnia」とレム睡眠期に起こる「REM-related parasomnia」に分けられます。
REM-related parasomniaとしては、悪夢症、REM睡眠行動異常症(REM sleep behavior disorder;RBD)が代表的なものとして挙げられます。RBDは神経内科系疾患にもつながることがあり注意が必要な疾患とされています。
その他、PTSD(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)による不安や緊張により悪夢をみることもあります。
どういった治療薬が用いられるのか?
レム睡眠行動異常症
高齢者が悪夢体験に振り回されて生じる異常行動を指すことが多く、症状としては「激しい寝言、物を投げる、殴る・蹴る」などの行動が見られます。老化により、筋肉の緊張消失の制御ができなくなった結果、悪夢の内容が暴力的行動につながってしまうことがあります。悪夢から目覚めさせることができれば異常行動は消失すると言われています。
RBD の原因は不明ですが、第一選択薬としてはクロナゼパム(0.5mg~2mg)を使用しますが、メラトニンやドパミン作動薬であるプラミペキソールの有効性も示されています。また、最近クロナゼパムと抑肝散の有効性を比較した試験が行われ、その効果に有意差がなかったとの報告もあることから、今後の展開に期待できます。
PTSD後の睡眠障害
アメリカ睡眠医学会の公式見解では、PTSD後の睡眠障害の薬物治療として、非定型抗精神病薬(オランザピン、リスペリドン、アリピプラゾール)やクロニジン、シプロヘプタジン、フルボキサミン、ガバペンチン、ナビロン、フェネルジン、プラゾシン、トピラメート、トラゾドン、および三環系抗うつ薬、ニトラゼパム、プラゾシン、トリアゾラムが挙げられていますが、プラゾシンとクロニジン以外は推奨度は低くなっています。クロナゼパムとベンラファキシンは推奨しないとしています。
・真本多. 2007. “睡眠障害の治療.” 日本薬理学雑誌 129 (6): 422–26.
・享良下畑, 雄一井上, and 幸一平田. 2017. “Rapid Eye movement(REM)睡眠行動障害の診断,告知,治療.” 臨床神経学 57 (2): 63–70.
・Ozone, Motohiro, Hayato Shimazaki, Hikaru Ichikawa, and Masahiro Shigeta. 2020. “Efficacy of Yokukansan Compared with Clonazepam for Rapid Eye Movement Sleep Behaviour Disorder: A Preliminary Retrospective Study.” Psychogeriatrics: The Official Journal of the Japanese Psychogeriatric Society, June. https://doi.org/10.1111/psyg.12563.
・Morgenthaler, Timothy I., Sanford Auerbach, Kenneth R. Casey, David Kristo, Rama Maganti, Kannan Ramar, Rochelle Zak, and Rebecca Kartje. 2018. “Position Paper for the Treatment of Nightmare Disorder in Adults: An American Academy of Sleep Medicine Position Paper.” Journal of Clinical Sleep Medicine: JCSM: Official Publication of the American Academy of Sleep Medicine 14 (6): 1041–55.