痛み止めと運動パフォーマンス

2020年7月6日

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スポーツをしている人がケガをした際に、鎮痛薬と湿布薬が処方されるケースがあります。
日常診療では、NSAIDS(Non-Steroidal Anti-Inflammatory Drugs)と呼ばれる非ステロイド性の抗炎症薬もしくは、アセトアミノフェンと呼ばれる解熱鎮痛薬が処方されることが多いと思います。

 ある研究では、持久力系のアマチュアアスリート126名に対して、オンライン調査を行った結果、68%(88名)が過去12か月にNSAIDSを使用したと報告しています(トライアスリートで84.4%、ランナーで70.9%、サイクリストで52.5%:全体として、イブプロフェンが最も人気のある薬物だった)
<引用文献: 2019 Feb;27(1):105-107. PMID 30019790 >

この結果をみても、アスリートの痛み止めの使用割合が多いことが予想されますし、この他にもアスリートのNSAIDS使用割合が多いと記載された文献がいくつかありました。

競技中のけがの痛みを和らげるために服用することが多いと思いますが、人によっては、マラソン中の足の痛みや足のつりを軽減するためにロキソプロフェンや芍薬甘草湯を事前に服用するという方もいるのではないでしょうか?

NSAIDS、アセトアミノフェンはドーピングにおける禁止物質に該当していないためその使用自体は問題ないと考えられていますが、運動パフォーマンスに与える影響はどうなのでしょうか?

例えば、花粉症の時期に使用される抗アレルギー・抗ヒスタミン薬では、その服用により無自覚のまま集中力や判断力、作業能率が低下することがあると言われています。これをインペアード・パフォーマンスと呼び、薬によっては「自動車の運転等危険を伴う機械の操作には従事させないよう十分注意すること」という厳しい内容が記載されているものもあります。(添付文書上その記載がないもの:ビラノア、デザレックス、アレグラ、クラリチン/2020.3月現在)
これに似たような【気づかない副作用】も「スポーツをするNSAIDS服用者にもあるのではないだろうか?」と最近考えるようになりました。今回はアスリートとNSAIDSについて少し考えてみたいと思います。

NSAIDSの作用点とその作用

出典:https://www.jspm.ne.jpguidelinespain2010chapter0202_04_02_01.php

 NSAIDsの主な作用は、炎症がある部位のプロスタグランジン(prostaglandin;PG)の産生阻害です。
組織が損傷されると、細胞からアラキドン酸が遊離され、シクロオキシゲナーゼ(cyclooxygenase;COX)の基質となり、PGG2、PGH2 へと変換され最終的には、「TXA2、PGE2、PGF2α、PGD2、PGI2」などの化学伝達物質が合成され、損傷組織へ放出される。これが、局所での血流増加作用や血管透過性の亢進、白血球の浸潤増加など、炎症を増強させる作用を有する。NSAIDsは遊離されたアラキドン酸からPGを合成する経路のシクロオキシゲナーゼ(COX-1,COX-2)の働きを阻害することにより抗炎症・鎮痛作用を発揮する

各化学伝達物質の作用

TXA2:喘息薬などの抗アレルギー薬がこれに作用することがある
血管収縮、血小板凝集
↑ 相反する作用がある

PGI2:血行不良、冷感、痛み、肺動脈性高血圧症治療
血管拡張、抗血小板作用

ここは直接運動に対する影響はないかもしれませんが、このバランスが崩れると血栓症をきたすリスクはあります。過去に市場に出ていたロフェコキシブは血栓促進作用による脳心血管イベントにより市場から撤退しました。

PGE2:陣痛促進薬、胃粘膜保護薬
血管拡張(発赤、熱感)、発熱、疼痛、骨吸収骨形成促進
子宮収縮、気管支拡張、胃粘膜分泌増加、胃粘膜血流量の増加
↑ 一部相反する作用がある

PGF2α:陣痛促進薬
子宮収縮、気管支収縮

特にPGE2については様々な作用を持っており、その産生が阻害されることにより、腎臓においては腎血流量の低下による急性腎不全、胃においては胃粘膜障害による胃潰瘍、骨においては骨形成抑制による骨折からの回復の遅延などが考えられる。

文献報告ではどうなっているのか?

脱水リスクに関するもの

[Renal risks of NSAIDs in endurance sports]. Rev Med Suisse. 2019 Feb 20;15(639):444-447.
(持久力スポーツにおけるNSAIDSの腎リスク):NSAIDは運動関連の低ナトリウム血症のリスクを高めます

[Acute renal failure after participation in high endurance sport].Ugeskr Laeger. 2016 Jan 18;178(3):
(高耐久スポーツに参加後の急性腎不全):2名のケースレポート。トレイルランと長距離自転車レースに参加した後、深刻な可逆性の急性腎不全をおこした。レース中に非ステロイド性抗炎症薬を服用し、クレアチニンの数値が高く、脱水状態だった。

[Acute kidney injury following naproxene use in an ultraendurance female athlete].Presse Med. 2013 Sep;42(9):1274-6.
(超持久力の女性アスリートにおけるナプロキセン使用後の急性腎障害)

この内容は、主に持久力を必要とするスポーツにおける脱水により、血流量が低下するところにさらに腎血流量を低下させるNSAIDSを服用することによりリスクが倍増することを意味しています。この内容だけをもってリスクが高いとは言い切れませんが、適切な水分摂取をせずに痛み止め(NSAIDS)を服用すると腎不全をきたす可能性はあります。

もうひとつ、腎血流量に関しては日本の文献でひとつ腎ドプラ超音波を用いて、運動前後とNSAIDS服用運動前後で比較したものがありますので紹介したいと思います(一過性運動と非ステロイド性抗炎症薬による腎血流変化/ドプラ超音波法を用いた測定:日本臨床スポーツ医学会誌:Vol. 24 No. 3, 2016.)

実験のプロトコール
運動負荷は、最大酸素摂取量(O2max)の75%

超音波診断装置の自動計測モードで算出された平均血流速度(Vm)を用いて評価

安静:5名、運動:5名、安静服薬:7名、運動服薬:7名

結果
運動直後のVm(平均血流速度)は有意に低下していたが、NSAIDSによる追加作用は認められなかったという結論になっている

 

 

30分間の運動負荷ということと、症例数が少ないことなどいくつか要因があるが、この中ではNSAIDSの影響は受けていません。

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パフォーマンスと回復について

Analgesic and anti-inflammatory drugs in sports: Implications for exercise performance and training adaptations.Scand J Med Sci Sports. 2018 Nov;28(11):2252-2262.
(スポーツにおける鎮痛剤および抗炎症剤:運動パフォーマンスおよびトレーニングへの影響):NSAIDはレジスタンストレーニングに反応して筋肥大と筋力増加を妨げると報告されています。

Indomethacin in combination with exercise leads to muscle and brain inflammation in mice.J Interferon Cytokine Res. 2013 Aug;33(8):446-51.

(運動と組み合わせたインドメタシンは、マウスの筋肉と脳の炎症を引き起こします):運動の1時間前にインドメタシンを与え、90分間のトレッドミルを5日間実施。インドメタシン単独、運動単独では炎症にほとんど影響がなかったが、インドメタシンと運動を組み合わせたマウスでは、筋肉、脳の炎症性メディエーターが有意(p<0.05)に増加していた。インドメタシンと運動の組み合わせは、筋肉と脳の両方に炎症を引き起こす可能性があり、マウスの深刻な副作用とパフォーマンスの低下に関連している可能性がある

文献レビュー(総説的なもの)

Non-steroidal anti-inflammatory drugs for athletes: an update. 

   Ann Phys Rehabil Med. 2010 May;53(4):278-82, 282-8.

アスリートのための非ステロイド性抗炎症薬)

・NSAIDは急性靭帯損傷の初期(3~7日間)にプラスの影響を与える報告があり、これにより、より迅速に運動活動に戻ることができるが、長期的には、この早期の回復は良質の治癒を犠牲にする可能性があります。

・腱の痛に対して、短期間(7~10日)しか軽減されない。腱に対する鎮痛効果は低くなる。長期的に腱に対する有効性は認められていませんが、副作用のリスクが高まります。

・プロスタグランジンEは骨吸収と骨形成を刺激しますが、NSAIDSがこれを抑えることにより、骨折後の骨硬化を抑制する。そのため、骨折後最初の1週間はNSAIDSを使用しない方がよいとの報告もある。  ほか

最近の文献として、アスリートではなく市民ランナーを対象にしたものですが、NSAIDsについて聞き取り調査をした報告があったので簡単にまとめておきます。

最近の報告(市民ランナーを対象としたもの)

Rosenbloom CJ, Morley FL, Ahmed I, Cox AR. Oral non-steroidal anti-inflammatory drug use in recreational runners participating in Parkrun UK: Prevalence of use and awareness of risk. Int J Pharm Pract. June 2020. doi:10.1111/ijpp.12646

(パークランに参加している市民ランナーでの経口非ステロイド性抗炎症薬の使用)

【対象】英国のパークラン(毎週土曜日開催、5kmのラン)参加の市民ランナー
(n=806)
 平均年齢は48.39歳(SD = 12.39、18〜82歳の範囲)
 男女比は約1:1
【目的】NSAIDの使用パターン、使用目的、NSAID使用の悪影響の知識を調査
【方法】自己記入式オンラインアンケート

過去12ヶ月間の間に非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を服用してた方は708例(87.8%)と多くの方が服用していました。

スポーツ障害による服用が557例(70%)と多くNSAIDs服用との間には有意な関連性がありました。最も使用された薬としては、イブプロフェンが565例(79.8%)で最も多く、次いでナプロキセン(11%)、ジクロフェナク(3.4%)、アスピリン(2.1%)、セレコキシブ (0.9%)と続いています。

NSAIDsの服用タイミングについても調査をしていますが、レース前、レース中、レース後では、レース中の服用が最も少なく、レース前とレース後の服用頻度が高くなっています(ほぼ同程度)。走路距離(5km、10km、ハーフ、フル)による違いは認められていません。

服用理由としては、①炎症/腫れを軽減する②痛みの耐性を高める③怪我をしても走り続けるためなどが上位にきており、その他、怪我の治療、筋肉痛の軽減といったものもあげられています。

服用者の中には、1日推奨用量を超えたという報告も少数(24例:3.4%)ですがいたため副作用の発現には更に注意が必要な場合もあります。

NSAIDの副作用の認識に関する調査では、胃腸障害(潰瘍/不快感/出血)が482例(61.9%)で半数以上を占めており、次いで、心血管イベント(43.0%)、腎障害(42.4%)などが続き、運動・けがからの回復の遅延(3.1%、9.9%)についてはあまり認知度が高くありませんでした。

半数のランナーはアドバイスを受けずにNSAIDsを使用しており、最も一般的な情報源はリーフレットでした。情報源の内訳は以下のようになっていますが、残念ながら薬剤師は6位という結果になっています。市販薬であるということ、国の医療制度の違いなどもあるためなんとも言えませんが、副作用を未然に防ぐという意味でもリスクの説明はしていく必要があります。この結果からは、マラソンイベントなどではアンチドーピングに関わることだけでなく、NSAIDsの副作用のリスクについても大会主催者とともに考えていく必要性を感じました。

情報源
①患者情報リーフレット(n = 104)
②医師(n = 95)
③理学療法士(n = 80)
④インターネット(n = 66)
⑤友人や家族(n = 61)
⑥薬剤師(n = 51)
⑦コーチ(n = 9)
⑧整骨医/足治療医(n = 5)

さいごにまとめ

①持久力系のアスリートは、適切な水分摂取を行わずにNSAIDSを服用すると脱水にともなう急性腎不全をきたす可能性がある。

②動物実験ではあるが、トレーニング前のNSAIDSの服用により、筋肉や脳に炎症をきたしたり、筋肥大や筋力増加を妨げる可能性があるため、日常的な鎮痛薬の使用は推奨されない。

③急性の炎症(負傷)に対する短期的な効果は認められるが、早期に回復して無理をすることにより長期的な予後が不良となる場合があるので、NSAIDSを服用して無理をしたトレーニングは推奨されない。

④骨折の場合には、骨形成を抑制する可能性があるため、骨折初期や慢性的な使用は避けた方がよいとの報告もある。

今回調べた文献の中にはありませんでしたが、鎮痛薬(NSAIDS)の作用機序から考えると、気管支拡張や胃粘液分泌、血管拡張などを抑制する働きが考えられるため、喘息をはじめ、運動後の胃腸障害(むねやけ、吐き気、腸粘膜障害)、運動機能の低下、持久力の低下につながる可能性はあると個人的には考えています。(ただし、化学伝達物質の作用はその濃度により発現する作用が異なってくるようなので一概には言えませんが。)

いずれにしても、アスリートはNSAIDSの潜在的な副作用についても理解した上で、リスクとベネフィットを加味した薬の使用をする必要があると思います。

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<アイキャッチ画像:Ben KerckxによるPixabayからの画像>

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